健やかなレストランであるために。「瞬間の美味しさ」に、その全てを込める。
1974年生まれ。神奈川県出身。高校時代、ひょんなきっかけで働いたフランス料理店でフレンチの世界に魅了され、フレンチの料理人になることを決意。高校卒業後、鎌倉のフレンチ、恵比寿の【レストラン アラジン】での修業を経て、【メゾン・カシュカシュ】の立ち上げに参画。約6年間のシェフ経験やフランスのレストランやパン屋、スイスのシャルキュトリー※で計4年半働いた経験を土台に、2012年、【レストラン タニ】をオープン。クラシックの王道を外さず、食材の香りやうまみを最大限生かす料理を追究している 。 ※ ハムやサラミといった肉の加工食品をつくる店。
「イタリアンから中華、焼鳥屋、居酒屋まで、いろんなお店に食べに行きますが、やっぱりフレンチがダントツに好きなんですよね。料理の味うんぬんではなく、ワインとのペアリングや店の雰囲気も含めた“豊かな時間の経過”を愉しめるところに魅力を感じるんです」
そう語るのは、東京は南青山でフランス料理店【レストラン タニ】を営んでいる谷利通シェフ。
「文化の違いだからなんとも言えませんが、同じようなコース料理でも、和食で「水出し」として出てくるのはスイカやメロンを切っただけのもの。そこに料理人の技術は問われません。一方、フレンチではまず、そんなことはありえない。最後までお客さんのことを想いながら、料理人が何かしら手を加えています。デザートを食べた後にコーヒーと焼き菓子が出てきたりするのって、他に例がないですよね」
幼い頃から食べることが好きで、母の料理を手伝ったりするうち、いつしか中学を出たら料理人になろうという思いが芽生えていた。「高校くらいは出とけ」という父の助言に従い高校には進学したが、格式ある日本料理店でアルバイトを始めるなど、「食」からは離れることがなかった。
転機が訪れたのは高校2年のとき。ひょんなきっかけからフランス料理店でアルバイトをしたことが谷の人生を決定づける。
「そのとき、フランス料理のすべてに惹かれました。ピカピカの調理場に見たことのない器具や食材、料理のすべてに感激したんです。オマール海老のアメリケーヌ(クリームソースみたいなもの)やフォアグラ、ハモとかって、高校生では食べたことがないじゃないですか。そういう料理を味見させてもらったとき、こんなおいしいものが世の中にはあるのか、と胸が震えましたから。働いた初日にしてもう、フレンチの料理人になることは決まっていたんです」
その後、恵比寿の【レストラン アラジン】や本場フランスのレストランなどで修業を積んだ谷は、20代半ば頃にスイスのシャルキュトリーで3年ほど働いた経験がある。
「スイスのレストランで働いていたとき、そのシャルキュトリーから納品されたソーセージがあまりにおいしかったので、空きが出るのを待って働かせてもらったんです」
肉をさばいてハムやソーセージ、パテなどの加工品をつくるその店で、谷はカルチャーショックを受けたという。
「日本では、ローストビーフをつくる場合、安いからモモにしようとか、ちょっと贅沢してロースにしようという発想で買いますよね。でもその店では、「ローストに合う肉をくれ」と頼んでくるお客さんが来たら、肉を触って熟成具合を判断して、そのときにベストだと思われる肉を提供していたんです。実際、同じロースでも個体差はあるし、いつ屠殺したかによっても肉質は変わりますからね」
そこでそれぞれの肉の味を最大限生かすための知識や感覚を培った経験は、今に生きているという。【レストラン タニ】でも、牛や豚、鹿などの肉を半頭、一頭で仕入れ、各部位を適材適所で生かす料理や調理法をその都度考えている。
「そうした方が料理の自由度が高まりますし、いろんな使い方ができるぶん、ロスが少なくなるんです」
クラシックなフランス料理の基本やセオリーは押さえつつも、そのとき、その瞬間に最適な料理や調理法を考案する谷のスタンスは、どの料理にも通じている。
「たちうおを例に挙げると、かたちや大きさ、脂ののり方は一匹ごとに違います。その日届いた魚を見て、いつものソースに合うのかと考えて、しっくりこない場合は、前菜やメインごと料理を変えることもあるんです。実際、その日の朝にメイン料理が変わることはしょっちゅう。その日の天候や気温によってメニューを変えることもありますね。いずれにしても、その時々で臨機応変に、という姿勢は、肉屋で培った感覚と同じものです」
食材やタイミングによって10数種類の塩を使い分けているのも、その一環だ。こうした谷のスタンスはすべて、料理をいちばんおいしい瞬間に食べてもらいたい、素材本来の香りや旨みを存分に愉しんでもらいたいという想いから生まれている。
「時間をかけて見栄えのいい盛りつけにする人もいますが、僕はどちらかというと、その料理の一番いいタイミングで食べてもらうことに集中したいんです。見栄えのよさも大切ですが、お皿が目の前に来たときに、上り立つ湯気や香りを愉しんでもらえるように、盛りつけもシンプルにしています」
【レストラン タニ】には、効率化や合理化とは対極にある世界が広がっている。6~7年前から、AMR対策として、「抗生物質を必要以上に与えない生産者の食材しか使わない」と決めているのもそのひとつである。
現在、世界的に問題になっているAMRは、薬剤耐性菌(抗生物質が効かない菌)のこと。薬剤耐性菌が増えると、これまでは適切に治療すれば軽症で回復できた感染症が重症化しやすくなり、死に至る可能性が高まるという。何も対策を講じなければ、2050年にはガンによる死亡者数を上回るとも予想されている。
「(大量生産するために)抗生物質をたくさん与えられている豚や鶏を、自分の子どもに食べさせたくないじゃないですか。生産効率が悪いぶん、価格は高くなってしまいますが、子どもたちの未来を考えると、出どころや飼育方法がわかっている食材を選ぶことにはこだわらないといけないなと思っています」
食の安全を守りつつも、ある意味「とらわれないことにこだわる」谷の手によって、今日も“おいしい瞬間”は生み出されている。