「食」は、その時間を共にするすべての人をつなぐもの。すべての要素を折り重ね、調和した美しいハーモニーを奏でる。
東京は代官山で創作イタリアンを提供するカウンター席メインのレストラン【アルモニコ】は、目の前で料理ができあがっていくライブ感を楽しめるのが特徴だ。そんな店を営むシェフの佐々木泰広は、本場イタリアのミシュラン三つ星でも修行経験を積んだ本格派。
高校卒業後、サービススタッフとしてホテルで勤めていた佐々木が料理の魅力に惹かれ、料理人の道を志したのは20代前半。自分の家に来て料理をしてくれる先輩が冷蔵庫に残していった食材を見て、自分もやってみようと思い立ったのがきっかけだった。
「当時、料理の腕を競うTV番組『料理の鉄人』が流行っていたことも理由のひとつ。なかでも坂井(宏行)さんのホロホロ鳥対決が印象的で、今でも覚えているくらいです。シェフってカッコいいなーと思ったのが始まりですね」
その後、15万円というなけなしの金とありったけの志を携えてイタリアに渡った佐々木は、いくつかの店で働いたのち、モデナのミシュラン三つ星「オステリア フランチェスカーナ」で1年間の修業経験を積んだ。
「三つ星になると、いずれ自分の店を持ちたいという明確な目的意識を持った人間が集まってくるので、仕事のレベルが高くて楽しかったですね。みんな本気で料理と向き合っているから、すごく一生懸命働くんです。野球でいうと大阪桐蔭のようなイメージでしょうか」
帰国した佐々木は、開業資金を蓄えるため、麻布十番の【リストランテ キオラ】に就職。それからわずか9ヶ月後、系列店の【エノテカ キオラ】のシェフに抜擢されたのは29歳のときだ。
「店に泊まりこんで仕込みをしていたし、どんなに難しい要求に対しても『できません』とは絶対に言わなかった。まかないであっても本気で作りましたから。とにかく認められたいという一心で取り組んでいたことがその結果を招いたんだと思います」
その後、別店で3年間働いたのち、2013年、東京・恵比寿に創作イタリアンを提供する「アルモニコ」をオープン。2018年に代官山に店を移して、今に至る。
「日本人が味噌汁や肉じゃがを作るのがうまいのと同じで、小さい頃からずっとイタリア料理を口にしてきたイタリア人には、郷土料理、家庭料理のジャンルでは絶対勝てない。日本人である私が『日本の食材を使った創作イタリアン』という道を選んだのは、現地でそう痛感したからなんです」
「自分の店を持つ」という目標をとうに叶えた今でも、料理に対する佐々木シェフの向上心は尽きることがない。週に一度はどこかの店に食べに行くという。
「そこでおいしいと感じる食材があれば、シェフに話を持ちかけてその食材を扱う業者を紹介してもらいます。食べに行くのは、ほとんどが東京の店ですね」
佐々木シェフが普段、自分の店で提供しているディナーは、7品構成のワンメニュー(8,800円)のみ、1時間半〜2時間のコースとなっている。日本人とイタリア人では外食に対する意識が違うことを、普段から肌で感じているという。
「外食文化が人々の間に根付いているからでしょう。イタリア人はレストランに対するリスペクトがあって、親しい人と一緒に食を愉しむ時間をとても大切にするんです。だから、普段はよく遅刻するんだけど、レストランには絶対遅刻しないし、直前(1〜2日前)のキャンセルもない。少なくとも僕は3年間で一度も経験していません。「ビショクル」をきっかけに、食を愉しむ、食を通じて誰かと一緒に過ごす時間を愉しむ経験をしていただければと思っています」
そんな佐々木シェフが考える「美食」とは何なのだろう。
「食材への感謝、作ってくれた人への感謝、そこに技術が加われば、おいしいものができるかなと。逆に、一つでも欠けるとバランスが悪くなると思います」
その考え方は、ハーモニー(調和)を意味する「アルモニコ」の店名にも反映されている。
「一つひとつの食材から郷土への想いまで。いろんな要素が織りなす美しさを大事にしたいし、お客様にも感じてほしいなと思っています。アルモニコの表現は、これまで出会ってきた数多くの方々との間で積み重ねてきたものの集合体なのかもしれません」